製造現場の変革と「ロボットSIer」という存在
現代の製造業において、労働力不足の深刻化や熟練工の高齢化・リタイアは、もはや一時的な課題ではなく、企業の存続を左右する構造的な経営課題となっています。この喫緊の課題に対する最も強力な解決策の一つとして、産業用ロボット、そして近年急速に普及が進んでいる「協働ロボット」の導入に大きな期待が寄せられています。
しかし、多くの製造現場の責任者様から「とりあえず検討用ということでロボットを買ったものの、どう現場に組み込めばいいか分からない」「ロボット単体を導入したはいいが、前後の工程と繋がらずに遊休資産化してしまった」といったお悩みを伺います。協働ロボットは、家電製品のようにコンセントを挿せばすぐに目的の仕事をしてくれるような性質のものでないことは周知の事実と言えます。
現場の多様なワーク、既存の生産設備、作業者の動線、そして何より企業ごとの安全方針や品質基準に適合させ、一つの「生きた生産システム」として完成させる必要があります。この、ロボットを活用した自動化システムを企画・構想し、具現化する技術パートナーが「ロボットSIer(システムインテグレータ)」です。
本コラムでは、産業用ロボットと協働ロボットの違い、ロボットメーカーとSIerの役割分担、そしてユーザーが進められる生産性向上計画やそれに伴うリスクアセスメントなどへのサポートから実際の現場にシステムが納品されるまでの「6つの重要ステップ」について、実務に即して解説します。
目次
産業用ロボットと協働ロボットの特性の違い、およびSIerの立ち位置
自動化を検討する際、まず正確に理解しておかなければならないのが「産業用ロボット」と「協働ロボット」の本質的な機能的違いと、それに伴う法規的・実務的な位置づけです。
産業用ロボット(従来型)の特性と運用
産業用ロボットは、高い可搬重量、圧倒的なスピード、そしてミリ単位以下の高精度を誇るハードウェアです。その反面、稼働中は強大な運動エネルギーを持つため、作業者が誤って接触すると重大な人身災害につながる危険性があります。そのため、労働安全衛生規則や関連安全規格に基づき、周囲を「安全柵」で完全に囲い、フェンスの内部(ロボットの領域)と外部(人間の領域)を厳格に物理隔離して運用することが原則とされてきました。
協働ロボットの特性と誤解
これに対し、協働ロボットは、人間と同じ空間、あるいはごく近接した場所で作業を行うことを想定して開発されています。アーム自体の挟み込み検知機能、衝突時の衝撃を緩和するソフトな挙動、規定値以上の負荷を検知した際の自動停止機能などを内蔵しています。
ここで非常に重要な注意点があります。それは、「協働ロボットだから、安全柵なしでどこにでも無条件で置いてすぐに使える」わけではないという点です。ロボットがアーム単体で安全機能を持っていても、その先端に鋭利なハンド(爪)が取り付けられていたり、極めて重いワークや危険な物質を保持して動作する場合、システム全体としては当然ながら安全衛生面でのリスクが存在します。
お客様の責任とSIerの役割分担
日本の労働安全衛生法および関連する国際安全規格(ISO 10218、ISO 12100など)において、大原則として機械の使用者(ユーザー企業様)が自らの責任でリスクアセスメントを実施し、その結果に基づいた安全レベルを決定・最終承認することが義務付けられています。SIerがお客様の代わりに安全の責任を負うことは法的にできません。
(参考)機械安全の主な国際規格
- ISO 12100(A規格:基本安全規格)
- すべての機械に共通する、リスクアセスメント(危険性の評価)とリスク低減の基本的な考え方や手順を定めた大元となる規格。
- ISO 10218(C規格:個別機械安全規格)
- 産業用ロボットに特化した安全要求事項。
- ISO 10218-1: ロボット本体の設計・製造に関する安全要件。
- ISO 10218-2: ロボットを使ったシステム(周辺機器や安全柵など)の構築・設置に関する要求事項。
- ISO 13849-1(B規格:ähl制御安全規格)
- ロボットや機械の制御システムに含まれる安全関連部分(安全回路やプログラムなど)の設計原則。
- ISO/TS 15066
- 産業用ロボットのなかでも、安全柵なしで人と作業を共にする「協働ロボット」に関する詳細な技術仕様(接触時の許容力や圧力の制限など)。
この法規と実務の原則を踏まえた上で、ロボットSIerが果たすべき役割は以下の通りです。
リスクアセスメントの技術サポート: お客様が自社で行うリスクアセスメントのプロセスにおいて、レイアウト案やシミュレーションデータ、速度・トルクの推算値など、専門的な技術データを提供して判断を的確に支えること。
仕様の具現化(設計・製作): お客様がご決定・ご指示されたリスクアセスメントの結果(安全仕様・運用ルール)に厳格に則り、制御回路、安全リレー、各種センサー、ハンド機構を設計通りにきっちりと組み上げ、ハードウェアおよびソフトウェアとしてカタチにすること。
この明確な役割分担のもとでプロジェクトを推進することが、トラブルを防ぐための絶対条件となります。
ロボットメーカーとロボットSIerの決定的な違い
自動化を検討される際、「ロボットメーカーに直接相談すれば、すべてのソリューションが得られるのではないか」と考える方がいらっしゃいますが、両者のビジネス領域と提供価値は明確に分かれています。
ロボットメーカー
(JAKA、DOBOT、ファナック、安川電機、ユニバーサルロボットなど)
汎用的な「ロボット本体(メカニカルアーム)」、ティーチングペンダント、内部の制御OS、モータードライバなどを開発・製造する企業です。彼らはハードウェアおよび基本ソフトウェアのプロフェッショナルであり、極めて高い信頼性を持つ製品を供給します。しかし、個別のユーザー工場に赴き、既存のコンベアの高さに合わせた架台を作ったり、他社製のPLCやカメラと通信するカスタム設計までを直接請け負うことは通常ありません。
ロボットSIer
(システムインテグレータ)
メーカーから最適なロボットアームを調達し、お客様の工場環境、ワークの特性、生産タクトタイム、そしてお客様が策定したリスクアセスメントの仕様に合わせて「システム全体」をデザインするエンジニアリング企業です。ハンドの設計、ワーク供給機構の選定、PLCやセンサーの統合、周辺設備とのインターロック配線、そして最終的な現地据付までを一貫して行います。
協働ロボット導入を成功に導くSIerの6つのステップ
ここからは、ロボットSIerがどのような実務プロセスを経て自動化システムを構築しているのか、6つの重要ステップに沿って詳細に見ていきます。
① 現場調査(オンサイト・インスペクション)
すべてのプロジェクトは、実際の「現場」の現実を直視することから始まります。図面や机上の計算だけでは決して見えていない物理的な制約や、熟練工の暗黙知を洗い出すため、SIerのエンジニアが直接工場を訪れます。
主な確認項目
- 設置スペースと建築的制約: 床面の耐荷重、天井の高さ、柱や配管の位置、周囲の動線との干渉。
- ユーティリティの確認: 一次電源の容量、圧縮エアの供給圧・配管径、工場内ネットワーク(LAN)の環境。
- 環境要因: 気温、湿度、粉塵、切削油やオイルミストの飛散状況。これらはロボットやセンサーの耐環境性に直結します。
- お客様の運用ルール: お客様がリスクアセスメントを行う際に必要となる、作業者の立ち入り頻度や周辺機械の稼働状況に関するヒアリング。
これらの現場調査の精度と網羅性が、後続の設計・製作すべての品質を決定づける土台となります。
② 構想設計(コンセプト・メイキング & リスクアセスメント・サポート)
現場調査で得た情報と、お客様から提示された目標仕様(タクトタイム、品質目標、予算)を突き合わせ、自動化システムの全体像を構想するフェーズです。
システムアーキテクチャの検討
ロボットの可搬重量(ペイロード)やアームのリーチ(作業半径)を考慮した選定を行い、2Dおよび3D CADを用いたレイアウトシミュレーションを実施します。
リスクアセスメントへの技術協力
この段階で、お客様が実施されるリスクアセスメントを支援するため、「このレイアウトであれば、ロボットの旋回範囲と作業者の動線はどのように交差するか」「想定される動作速度において、万が一の接触リスクを抑えるにはどのようなゾーン分けが必要か」といった専門的な技術データやシミュレーション結果をお客様に提供し、安全方針の策定をサポートします。お客様の最終決定に基づき、具体的な設計要件が確定します。
③ 制御設計(ハードウェア・ソフトウェア設計)
構想とお客様の仕様が確定したら、システムを実際に「動かし、制御する」ための詳細なエンジニアリングに入ります。ここはSIerのエンジニアリング能力が最も色濃く発揮されるフェーズです。
電気・制御ハードウェア設計
制御盤の筐体選定、配線図・回路図の作成、安全リレーユニット、非常停止(E-stop)回路、サーボアンプ、周辺機器のI/O割り付けの設計。お客様が定めた安全仕様に合致したハードウェア構成を組み上げます。
ソフトウェア・プログラム設計
ロボットのモーションプログラム(軌跡、速度、加速度の最適化)に加え、PLCのラダープログラム、各種センサーやビジョンシステムとの通信同期(EtherNet/IPやPROFINETなど)を構築します。また、お客様の仕様に沿った安全パラメーター(速度制限、トルク制限値など)をコントローラーに正確にプログラミングします。
④ 立上げ(アセンブリ・ティーチング・デバッグ)
設計図面とプログラムが出揃ったら、SIerの自社工場(または検証スペース)において、システムを物理的に組み立てる「キッティング(プレファボ)」を行います。
統合デバッグと検証
メカニカルな機構、電気配線、制御プログラムを結合させ、実際にワークを流してテストを行います。狙い通りのタクトタイムが出ているか、ワークの個体差をセンサーやプログラムが確実に吸収できているかを徹底的に検証・修正します。
仕様適合の確認
お客様が定めたリスクアセスメントの仕様や要求事項に照らし合わせ、システムが意図通りに安全かつ安定して動作するかを社内テスト(FAT)で確認し、お客様にその結果を報告・共有します。
⑤ 現地納品・最終立上げ(現地コミッショニング)
社内検証をクリアしたシステムを、お客様の実際の製造現場へ搬入・据付します。
現地でのすり合わせ(SAT)
商用電源やエアを再接続し、前後の既存工程(コンベアや加工機)との間でインターロック信号を正しく接続します。現場特有の床の微小な傾きやワークの微妙な温度変化などに合わせてティーチングを微調整し、実際の量産環境で安定稼働することを確認した上で、お客様へお引き渡しします。
⑥ 保守・アフターフォロー(ライフサイクルサポート)
システムを納品して完了ではありません。協働ロボットシステムが長期にわたって安定稼働し、投資対効果(ROI)を最大化するためには、継続的な保守・メンテナンス体制が不可欠です。
サポートの実際
定期点検(減速機のグリス補充、配線の摩耗チェック)、万が一のトラブル時のリモート診断や現地駆けつけ対応、そして将来的なワーク(製品)のモデルチェンジに伴うハンドの変更やプログラムの再構築・再リスクアセスメントのサポートまで、ライフサイクル全体に寄り添った支援を提供します。
点と点を線にする。現場の価値を最大化する「エンジニアリングパートナー」
協働ロボットの導入プロジェクトにおいて、ロボットSIerは単なる「機械の据付業者」ではありません。お客様が自らの責任で実施されるリスクアセスメントを技術面から的確にサポートし、現場調査から構想設計、制御設計、立上げ、そして保守に至るまでの全工程を一つに繋ぎ合わせる「統合のエンジニアリングパートナー」です。
どれほど優れたロボットアームを調達したとしても、それを支える周辺設備や制御、ワーク供給、そして安全設計がバラバラであれば、現場で真の価値を発揮することはできません。
次回のコラムでは、さらに視点を深掘りし、「協働ロボット導入は「ロボット選び」より「システム設計」が重要な理由」と題し、ロボット以外の要素がいかに現場の成否を握っているかを詳しく解説します。ぜひご期待ください。
※本コラムに記載している各種規格・法令・ガイドライン等の内容は、掲載時点で当社が確認した情報に基づくものです。規格・法令等は改訂、廃止、新設等により、その体系や内容、適用範囲等が変更される場合があります。また、本コラムには情報の誤りや解釈上の相違が含まれる可能性があります。本コラムの内容のみをもって、個別の設備・システム等の安全性や規格への適合性を判断することはお控えいただき、実際の設計・導入・適合性評価等にあたっては、必ず最新の原規格・法令・公的ガイドライン等をご確認ください。
(文・亀岡電子コラム編集部)